FERODO

イギリスのレーシングパッドメーカー、 世界中のメジャーイベントで採用。

FERODOの歴史と歩み

FERODOは1897年イギリス中部のダービシャ-州のChapel en le Frithで世界初の摩擦材のメーカーとして創業されました。創業者が Herbert Froodという名前だったので、それをもじって FERODO という名前にしました。

工場の所在地は、丘陵地帯の上の方にあったため、どこに行くにも下り坂でブレーキがなかった当時は馬車や自転車で牧草地にオーバーランしたり壁にぶつかったりして困っていました。Herbertは何かで車輪を摩擦して制動することは出来ないかと試行錯誤の結果コットンで車輪を擦って摩擦で止めるようなブレーキを開発しました。

Herbert Froodと最初の開発社屋

1922年、長年の思考錯誤の結果、 FERODO のブレーキライニングが量産車に採用されることになりました。 Austin 7 です。

1930年、FERODOのライニング材 MZ がレーシングファクトリーの全てに採用されました。写真はアルファロメオです。

1951年、ファン マヌエル ファンジオがフェロードを使用してF1のワールドチャンピオンになりました。

1956年、FERODO のブレーキパッドは量産車に純正として初めて採用されました。トライアンフTR3です。

1962年、F1グランンプリ 9戦中8戦を FERODO の使用チームが勝利しました。それから18年間連続で FERODO 採用チームがタイトルを獲得しまし た。当時の材質はDS11 でした。

1971年、FERODOはF1, ルマン24時間、デイトナ24時間、 セブリング12時間、ラリー等あらゆるメジャーなカテゴリーでタイトルを獲得しました。

1997年、100周年を迎えました。

1998年、FERODO RACINGディビジョンが設立され、工場はイタリアのモンドビに移管されました。

1999年、イギリス南部のラグビーにある央研究所とのコラボにより、FERODO RACINGは新しいレーシングコンパウンドDS3000を開発しました。

また、シンタードの技術も導入し、新たな材質をオートバイパッド用に展開しました。

2000年、DS3000は 日本ではSGTのNSX童夢X無限プロジェクトに採用されました。

その後、国内のコンディションにマッチングする様、FERODO RACING と共同でコンパウンドをさらに進化させるために開発を始めました。 その結果、2005年にはFERODO RACING はセラミックを結合樹脂にする製法を世界で始めて導入し、次世代の材質であるDS1.11 と DS UNO を開発しました。

現在

FERODOは新材質の改良を進め、世界中のレーシングシーンで様々なカテゴリーで採用されています。

日本においては芝ライニングジャパンはSGT、全日本F3選手権、 FIA Formula 4、Lotus Cup Japanなど幅広いカテゴリーに供給しています。

SUPER GTではロータス エヴォーラGT300に専用のアルコンブレーキを設 計してフェロードのブレーキパッドと組み合わせて最高のブレー キング性能を達成しております。

GT3のカテゴリーにおいては 芝ライニングジャパンは道上龍選手がドライブするModulo NSX GT3をサポートさせていただき、フェロードのブレーキパッドの開発、ITGエアフィルターの開発等、テクニカルパートナーとしてコラボレーション しています。

その他一般車両のラジエタ ーなどのPRのため、毎年、東京オートサロンに出展してユーザ様のご意見を伺って製品開発にフィードバックしております。